2026年、最高裁判所大法廷は成年後見制度を利用している人を警備業から一律に排除する警備業法の欠格条項について、憲法違反とする初めての判断を下した。長年にわたり障害者や高齢者の権利擁護を訴えてきた当事者・支援者たちにとって、この判決は大きな前進を意味する歴史的な出来事である。
成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な人を法律的に支援するための制度だ。しかし皮肉なことに、この「保護のための制度」を利用することで、就労や社会参加の機会が広く奪われてきた現実がある。警備業法はその典型例であり、後見開始の審判を受けた者を一切の例外なく業界から締め出してきた。
今回の違憲判断の核心は「一律排除」の不合理さにある。個人の能力や状況を具体的に評価することなく、制度利用という事実だけをもって資格を剥奪するのは、憲法22条が保障する職業選択の自由に反すると最高裁は指摘した。法の目的(警備業務の適正な遂行)と手段(一律排除)の間に合理的な関連性が認められないという、明快な論理である。
日本社会には警備業法以外にも、成年後見制度の利用を欠格事由とする法律が数多く存在してきた。医師法、弁護士法、公証人法など、かつては100を超える法律・条例に同様の規定が盛り込まれていた。2019年の法改正によって多くは見直されたものの、今回の判決は残存する規定や運用実態の再点検を社会全体に強く促すものである。
一方で最高裁は、国に対する損害賠償請求については退けた。立法行為の違法性を認めるためには「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う」などの特別な事情が必要とされており、この高いハードルが今回も維持された形だ。違憲確認と金銭的救済の間に大きな壁が残ることは、今後の課題として重く受け止めるべきだろう。
この判決が社会に投げかける問いは、法律の条文改正にとどまらない。成年後見制度を「使うと不利益を被る制度」と当事者が感じるような構造そのものを変えなければ、制度の利用率は上がらず、支援を必要とする人が孤立し続けるリスクがある。真のインクルーシブ社会の実現には、欠格条項の撤廃と並行して、支援を受けながら働ける職場環境の整備が不可欠である。
今回の最高裁判決は、障害のある人や高齢者が「保護される客体」ではなく「権利を持つ主体」であるという当たり前の原則を、司法の最高機関が明確に認めた瞬間である。この判断を一つの転換点として、法制度・雇用慣行・社会意識のすべてにおいて変革を積み重ねていくことが、これからの日本に求められている。