文化庁が博物館運営基準の改正案に資料の「廃棄」規定を新設したことを受け、日本民具学会が「廃棄の正当化につながる危険性がある」として反対声明を発表した。文化財保護と博物館運営の在り方が改めて問われている。
博物館は単なる展示施設ではなく、人類の知的遺産を未来へ継承する文化的インフラである。一度廃棄された資料は二度と戻らず、将来の研究や教育の可能性を永久に失うことになる。特に民具や民俗資料は、当時は「ありふれたもの」でも後世には貴重な歴史的証拠となる。
今回の改正案の背景には、博物館の収蔵スペース不足や管理負担の増大という現実的な課題がある。全国の博物館では収蔵庫が満杯状態となり、新たな資料受け入れが困難になっているケースも少なくない。しかし、この問題を「廃棄」で解決しようとする姿勢には、文化財保護の理念との根本的な矛盾がある。
欧米の主要博物館では、資料の「脱収蔵(deaccession)」に厳格な手続きと透明性が求められている。単なる管理負担の軽減ではなく、他館への譲渡や専門機関への移管など、資料を保存し続ける選択肢が優先される。廃棄は最終手段であり、専門家による審査と公開プロセスを経て初めて実施される。
日本では文化財指定を受けていない資料の保護が特に脆弱である。指定文化財は法的保護があるが、未指定資料は各館の判断に委ねられており、明確な基準がない。今回の規定新設により、予算や人員不足に悩む地方の小規模館で安易な廃棄が進む懸念がある。
真に必要なのは、廃棄規定の整備ではなく、収蔵環境の改善と資料共有ネットワークの構築である。デジタルアーカイブ化による情報共有、広域連携による分散収蔵、専門性に応じた資料移管システムなど、資料を守りながら活用する仕組みが求められる。限られた予算の中でも、創意工夫によって文化財を次世代に継承する道は必ずある。
博物館資料の「廃棄」問題は、私たちが文化遺産とどう向き合うかという根源的な問いを投げかけている。効率性や経済性だけでは測れない文化的価値を守り続けることこそ、成熟した社会の証である。今回の改正案を契機に、博物館の社会的役割と文化財保護の在り方について、国民的議論を深めることが求められている。