2026年1月、アンソロピックが発表した新機能「Cowork」がSaaS業界に激震を走らせた。AIエージェントが複数のソフトウェアを横断的に操作し、人間の代わりに業務を完結させるこの機能は、「ソフトウェアを売る」という従来のビジネスモデルの根幹を揺さぶるものだった。
SaaSとは本来、特定の業務課題を解決するためのソフトウェアをサブスクリプション形式で提供するモデルだ。しかし、AIエージェントが「目的を伝えるだけで業務を遂行する」時代においては、ユーザーはもはやソフトウェアのUIを学ぶ必要がなくなる。問われるのは「何のソフトを使うか」ではなく、「何を達成したいか」という意図そのものへとシフトしている。
ゴールドマン・サックスは2026年初頭のレポートで、AIエージェント市場が2028年にも従来型SaaS市場の規模を上回ると予測した。この予測が示すのは単なる市場シェアの変動ではなく、ソフトウェア産業のバリューチェーンそのものの再編だ。プロジェクト管理、CRM、会計ツールといった定番SaaSカテゴリーが、エージェント型AIプラットフォームに吸収される未来が現実味を帯びてきた。
既存のSaaS企業はこの波にどう対応しているのか。Salesforceは「Agentforce」を軸にエージェント戦略へのピボットを急ぎ、NotionやAtlassianも自社プロダクトへのAIエージェント統合を加速させている。しかし、AIネイティブなスタートアップが低コストで同等機能を提供し始める中、プロダクトの差別化は一段と難しくなっている。
日本企業にとって、この変革は脅威である一方、独自の強みを活かすチャンスでもある。製造業の生産管理、医療の診療録、金融の審査プロセスなど、日本特有の業務フローや規制環境に根ざした専門データは、汎用AIエージェントが簡単には代替できない領域だ。特化型データとドメイン知識を持つ企業が、垂直型AIエージェントの開発で優位に立てるとの分析も広まっている。
一方で、日本企業が直面する課題も明確だ。DXの遅れにより、多くの企業では業務データがデジタル化されておらず、AIエージェントが学習・活用できる形式で蓄積されていない。レガシーシステムとの連携や、社内の変革マインドセットの醸成なしには、AI時代の恩恵を受けるどころか競合に引き離されるリスクがある。
AIエージェントの台頭は、SaaSという20年以上続いたパラダイムの終焉を告げているかもしれない。しかし、それはソフトウェアの価値が消えることを意味しない——価値の源泉が「機能」から「インテリジェンス」へと移行しているのだ。今こそ企業は、自社が持つデータと業務知識をいかにAIエージェント時代の競争資産へ変換するかを、戦略の中心に据えるべき時だ。